百々蔵城・主郭地下の岩窟

百々蔵城縄張図(国土地理院の電子地形図25000)

城に関心を持つようになり日本城郭体系を手に入れて以来30年間、気になっていた城です。
体系では「道に不案内な人には単独で城跡に到達することは困難なほどの深山」とあり、
また「本丸の下に縦3.6m、横3mの石窟」があると記載されている。
実際の所在地である皆田は、児島高徳で有名な杉坂峠を下りてきたところにあり、城はその皆田集落を
見下ろす尾根上にあった。城の立地としては城があっても当然と思われる位置であり、深山でもないと
思います。
石窟は記載通り存在し、地元の老人に聞き取りを行うと子供のころ節句に上ってお参りを行たと言われていた。
ただそれは石窟ではなく城跡の近くに水場がありそこで行ったとの話もあった。
城の遺構は、東側に横堀を掘りその先端が直角に折れて南側の尾根を分断して西側に竪堀状に落ちている。
さらにその外側に2組の食い違いの堀切を掘っている。


北側横堀写真

東側竪堀写真

石窟写真

  • 参考文献

上月町史編さん委員会
  上月町史
浜田 洋著
  改定・増補 作用の史跡と伝統
株式会社新人物往来社
  日本城郭体系 第12巻 大阪・兵庫