祢津下城縄張図(国土地理院の電子地形図25000)

祢津上城概念図(国土地理院の電子地形図25000)

約40年前初めて信州真田に行った時以来気になっていた祢津城に行ってきた。東(小諸方面)から真田に向かうと北国街道にしろ祢津道(街道)は祢津城の麓を通ることになり真田にとっては関門の様な感じがした。
烏帽子岳から南に下る台地状の尾根先端(標高約820m/比高140m)に下城、北東約900mの周辺より約70m高い尾根ピーク(標高930m/比高250m)が上城。
不思議な所は、城郭大系には興味深い下城の縄張図は掲載されず、上城が楕円形の縄張として特筆されているように感じた。
下城は、尾根北の細くなった基部に郭5、最初見たところは周辺に耕作地があるので溜池と思ったが水が溜まった様子はなく、西側は尾根を掘りこみ東側は土塁を積んでいるようでやはり郭か。周辺には竪堀が多数あり特に東の竪堀3本は合流して二重竪堀となり南東の林道が通過するところまで約150m続いていた。
南に郭が4カ所続き郭1が主郭か土塁に囲まれ削平も良い、南端中央部に登山道が入るところに虎口と表示があるが疑問。郭2と3の間は規模の大きい堀切で分断している。
上城は、大系の楕円形でなく東西に長い形で、概ね2段と見えるが上段切岸は藪もあり不明確、下段の切岸は明確だが上端に土塁があるとされるが痕跡程度、南に折れ部があり現地説明板には虎口とあるがではないと思う。下段の裾には広い腰郭が囲む。
上城、下城について従来本城、支城との関係とされていたが、縄張、位置関係を見ると三島正之氏が「第一次上田合戦」で触れられている、上城は下城に対する向城(陣城)とされていることに私も首肯する。
40年ぶりの真田郷はすっかり観光開発が進み、以前の山村風景とは様変わりには感慨深い。
祢津下城写真
A竪堀北端

5郭


B堀切


4郭切岸

4郭東腰郭

3郭切岸

4郭西竪堀

3郭切岸石積

1郭



C堀切


C堀切東竪堀

A竪堀を林道が通る地点



遠望

祢津上城写真



遠望

参考文献
株式会社 学研プラス 2016年3月5日 発売
歴史群像 2016年4月号 №136号
三島正之氏 第一次上田合戦
株式会社 新人物往来社 昭和55年10月15日 発行
日本城郭大系 第8巻 長野・山梨