高子山城縄張図(国土地理院の電子地形図25000)
国道182号線から西に分岐する県道416号線の北側にある永聖寺の東に隣接する標高520m(比高30m)の尾根先が高子山城です。山城志:第11集の中で出内氏は13~14世紀の宇賀和泉守の居城とされていますが(城郭大系では永井伊賀守)、私が現地を見せていただいた限りとてもそのような古い山城とは思えない遺構でした。山頂部は削平がされていないように見え北端(北縁ではない)近くに土塁が残っています。これを東側で3重の空堀、西側空堀の最下段は後世に山道に使ったことで外側の土塁が失われてた様ですが、北側はこの堀が尾根を堀切となって分断しています。南側に下がって尾根上に約20m下がってところに約1mの溝状のものが見られますが堀切と思われます。全体に笹薮で明確な虎口も確認できたいません。雨も降っており短時間の観察なのですべてを見たわけではありませんが、16世紀(戦国時代)の城郭とみる方がよいと私は思います。
背後(北)堀切写真
東側空堀写真
遠景写真
- 参考文献
芸備友の会
芸備 第28集 特集・広島県の中世城館
表 邦男氏
世羅台地の小規模城館ー空堀・土塁の用法に注目して
山城志:第11集
出内 博都氏
初期山城としての高子山について
株式会社 新人物往来社
日本城郭大系 第13巻 広島・岡山